昭和45年4月28日 朝の御理解


 御理解第九十節 「上から下へ水を流すのは見やすいが、下から上へ水を流すのは難し          い。道を開くというても、匹夫の凡人からを開くのじゃから、もの          が難しゅうて暇がいる。神のおかげで開かせてもらうのぞ。例え一          時は難しい事があっても辛抱していくうちには徳が受けられる」

 一番最後の所に、辛抱していくうちには徳が受けられる。辛抱していくうちにはおかげが受けられると言うこと。辛抱して行くうちに徳が受けられるという信心でなからなければいけない。ね。長年信心をさせて頂いて、段々おかげを頂いてきた。様々な事があった。苦しい事、辛い事、ね、様々なことがあったが、いつの間にか何とはなしにおかげを受けてきた。金光様のご信心を頂いておりますとね、確かに、何十年信心をさせて頂いて、辛抱が出来ておる、続いておる、ところは必ずね、やっぱり、長年信心して何とはなしにおかげを受けてきたな、とおかげを受けてあるなと、いうことはこれは本当に、絶対そうですね。もう、細々でもですね、信心が続いて、何十年続いておるうちにです、何とはなしにです、おかげを受けております。
 今日は私そういう意味でね、何とはなしに長年辛抱してござったから、まあ、家庭の中にも何とはなしに道が開けてきたとか、おかげを受けておると。確かにそうです。ですけれどもね、ここのところがね、それではいけないというのである。信心辛抱をずっと長年、大したことは出来んけれども、何とはなしに、苦しい時は神様にお願いして何とはなしに、おかげが受けておられるというのではいけない。「辛抱していく間には徳が受けられる」と仰る、徳が受けられておかなければならない。ね。ここんところ、一つ一つおかげにしていったというだけではいけない。一つ一つおかげにしていかなければならないような例えば事柄を通してね、徳の受けられる、また、徳の受けていく、信心でなからなければならない。ね。
 これはもう確かにそうですよね。匹夫の凡人の事ですから、上から下へ水を流す見やすい。これはみやすいことは間違いない。ね。けれども、「匹夫の凡人から開くのじゃから難しゅうて暇がいる」と。凡夫の私達がおかげを頂いていくということはです、中々それは見やすい事とは思われん。それは難しい。それは下から上へ水を流すほどに難しい。
 その事一心、その事一本に絞って辛抱し続けておかげを受けている。そこんところを何とはなしにおかげを頂いてきたと言うそのだけではね、これはつまらん。せっかく同じところを通らせて頂くのですから、通らせて頂くのならば、通り方がね、やはり少し垢抜けしなければいけん。その垢抜けした通り方が私は徳を受けていく生き方だとこう思います。
 昨日、久留米の光橋先生ところの春の御大祭。恐らく恐らくではない、金光教神愛会とここの支部としての最後の御大祭でありましたが、十五年ですかね、ほんとうにまあ細々ながらああしておかげを受けて参りました。先生が初代がなくなりましてからあと、光橋先生がああしておかげを受けて本当にいわば細々ですけれどもですね、とやこう例えば言われながらもです、なるほど、光橋先生がその親として何もしてやれんと言うことを嘆かれますけれども、ね、実際はそうではなかったんです。子供達が何かという時にはいつも役に立ってきておられる。それは精神面だけではない。やはり、経済面なら経済面でもいつの場合でもお母さんがおっておって下さったから良かったというようにです、おかげを受けてきておるという事だけは事実です。
 ね。長女の松江さんが縁につかれた時もやっぱそうでしたが、まもなく十五年、まとまった金がいるという時なんかは、ちゃんとおかげを頂いておられましたし、今度、下の娘さんが嫁に行くといわれる、何にも出来ん、出来んといいながらです、いつの間にこんな事が出来るじゃろうかと言うほどにちゃんと出来ておったんですからね。それこそ、本当に、やはり、あちらのおじいちゃんおばあちゃん達もびっくりしなさるじゃろうと思うくらいにああ言う中からどうしてこういう事が出来たじゃろうかという事がやっぱり出来ておられます。ね。
 ですからねそれがね、例えばその、難しいことがっても辛抱していくうちには徳が受けられるというようにね、在り方でなからなければなんとはなしにではいけない。十何年間それは長い年月でございましたけれども、ね、今度いわゆる金光教合楽教会の修行生として本部に今度行かれる。教師の資格をとってこられるわけなんです。そこからどういう道が開けるか分からんけれども、その十五年間の間のですねそれが私ただ辛抱して来たというだけでなんとはなしにおかげを頂いて来たというだけか、それが徳になっておったかという事はこれからの、事によって分かってくるとこう思うのですけれどもね。私、昨日あちらに行ってからあの、神様の前にお供えしてあった花を見せて頂きましたが、本当に有り難いと思うたです。
 白い花のあれは大体「すずかけ」といいます。すずかけの花がいっぱいこう活けてあって、中に三本あれは、「あやめ」ではないでしょうけれども、まあ「あやめ」何とか、「あやめ」のような花ですね。紫、まあ、あやめの花。久留米の光橋、初代の光橋先生の花での表現は「あやめの花」でしたよね。
 ですから、本当にね、光橋先生の初代光橋先生の願いがね、このような形で成就していきよるという事を私は感じました。それはどういう事かというとね、神様の願いが成就していきよるという事でもあるわけです。ね。自分は早死にされましたけれども、自分の思う半ばでいわばお国替えされましたけれども、その意思を家内がついでおかげを頂いてきた。ね。もう本当にあの、細々ながらけれども、しっかり信心辛抱させて頂いて十五年間、ね、確かに今日の御理解のところを頂きますようにね、「上から下へ水を流すのは見やすいが下から神へ水を流すのはみやすい。道を開くというても匹夫の凡人から開くのじゃから、ものが難しゅうて暇がいる」と仰っるが、、もうその通りのところを通ってきておる。 ね。「神のおかげで開かせてもらうのぞ」と、いよいよ神のおかげで、開かせてもらおうとする、いうならば初代の意志というか初代の思いがね、このようなね、いわばあり方でです、いわば本格的なおかげの道が今からここにつこうとしておる。
 ね。「例え一時は難しい事があっても辛抱していく間には徳が受けられる。」なるほど、今度教師になられるという決心されるまでにも様々な問題があった。なるほど一時は難しい事があったわけです。そこでこれから先がですね、ただ、おかげになっていくと辛抱してから、十五年間辛抱してこらっしゃったから、これからおかげになっていくというのじゃつまらんちいう事。ね。それが、辛抱していく間には徳が受けられるというもんじゃなからにゃあいけんという事。
 ね。そこでですね、ただ、辛抱しておる間に何とはなしにおかげを受けるという事はこれは絶対ですね。私はそのことで一番あの実感するのは、ここの楽長は田中さんの家ですよ。もう本当に何とはなしにおかげを受けておることは事実ですよね。だから他の方の方達の場合なんかもっと垢抜けして、何とはなしに信心が続けばおかげだけは頂くです。何とはなしに。ね。中絶したり、いわゆる止めたりしたんでは、影もないようになっていくような場合も私はいくらも知っております。けれども、何とはなしに神様に縋っての何十年間というようなですね、そこに垢抜けした信心は出来んでもです、神様は何とはなしにおかげを下さってあるです。けれどもね、そのことではねつまらんちいう事。その時その時の受け方頂き方といったようなものがです、おかげを受けていく生き方とお徳を受けて行く生き方があるという事を一つお互いが、分からな。例えば、辛抱して行くうちには徳が受けられるという徳。辛抱してこらっしゃったけれども、徳を受けておるとは思われん。おかげを頂いてこらっしゃったごたるけれども、というのではつまらんという事。やっぱあの時分にあちらは徳を受けらっしゃたのじゃろうと、思われる位なです、やはり徳の世界というかそういう道が開けてこなければだめなんだ。 
 そこでその私共が信心辛抱をこうやってさせて頂いて、まあ様々なことに一時は難しい事がというような難しいことがあるけれども、その難しいことに直面した時にです、すっきりしたね、受け方というか、すっきりしたその、信心がそこに出来ていかなければ。これほど信心するのにどうしてこういう事が起こるじゃろうかと言ったような受け方で受けていったぶんではね、おかげにはなっても徳にはならんです。ね。これはまだ自分の信心が足りぬからだとそこを元気な心で受けきっていくよいな信心。ね。もうその都度都度にです、かえって信心が垢抜けしていく。飛躍していく。
 昨日、光橋先生のところで私はこの事を私の挨拶の時に皆さんに聞いてもらったのですけれども、昨日はあちらの舞の方が出来ませんでした。あの直子が、足が悪くしておりましたから、稽古をしており乍、舞の奉納は出来ませんでしたけれども、いつも、こと、昨日は四名来ましたね。
 その琴の合奏をしてその、神様へ奉納させて頂いたんです。初めて琴だけのいわゆる奉納を聞かせて頂いたのですけれども、よかったですね、それはまあ、「桜の誉れ」という吉備楽の中でも難局中の難局と秘曲中の秘曲と言われておるほどしの、難しい曲でした。時間も相当かかります。それはですね、まあ田中さん、中村さんはもうこれは大先輩ですから、当たり前ですけれども、愛子と泰子がそれに一緒に連れのうて引かせて頂いておりましたが、あの曲にあの人達が取り組ませて頂いたということによって非常にその琴が上達したんですよ。この人達はいつまでたったっちゃ、この詩を詩うのに発生法が声は美しいけれども、泰子なんかは声は美しいけれども、何か底力の無い声だし、愛子は声は悪いけれども、何とはなしに、魅力のある声をもっておるです、それぞれの持ち前はあるのです。それがですね見事に昨日の合奏の中に私は感じ取らせて頂くものを、感じました。
 私聞かせて頂き乍ら、そして思わせて頂くことはですね、とにかく、難しい事にですねもまれなければ駄目だという事です。難しいことにですね、やはりみやすい事ばっかりを毎日稽古しておっても絶対して上達しないという事です。
 難局中の難局、秘曲中の秘曲と言われるようなとても私には難しいかというたところには、本当に取り組んだところがそれも出来るが、それ以下のものはだから見やすく出来るようになった。発声法も中々しっかりしてきたし、事の音色もまあおかしくないくらいにだんだん出せるようになっておるという事。ね。だからそこのところをですね、私共はこの日常の、信心生活の中にです、一時は難しいことと仰るその難しいことにですね、それをただ、そこを通りぬけただけではなくて、難しいことに信心では取り組まなければいけないという事。
 だから信心が上達する。ね。だからそこをおかげにしていくというだけではなくてそのことをもってです、難しいことに出会ったおかげで、あの時にお徳を受けたであろうかというような、おかげになってくるのですね。ね。取り組み方。そこでですね、徳を受けて辛抱していく間には徳が受けられると仰るその徳を受けていくという事についてのその、具体的な頂き方というたらどういう事になるだろうかと。
 まあ色々具体的なお話がここ一両日の内にも色々あったのですけれども、それを具体的な表現でそれをそのままお話できないことが残念ですけれども、昨夜です、床の中でそのことを私休ませて頂いてから思わせて頂いておったんです。そしたらですねあの、何というですかね、守山加代子かなんかと言う歌手がおるでしょう。最近また、カムバックしておる歌手ですね。あの人が何とか、「何とかで蝶」になるという詩があるでしょうが、「あなたの胸に怪しい雲の糸とか」言うて、文句になっておる。そこんところを繰り返し、繰り返し頂くのですよ。ね。例えて言うと、蝶は花から花へというわけでしょうけれども、まあいうなら華やかな生き方をするとですね、相手はね、それを見てからね、怪しい雲の糸をここにはってしまう。私がそん時に感じていたことをそういう風に表現して頂く。それをまちっと分かり易くいうとですね、せにゃせんで腹が立つですね。ね。今度はするとするで相手が腹を立てる。そんな人がありますよ。もらいもんいっちょでもですね、「もう、あそこはあんまり派手なことをするとかえって嫌いなさるけんで、(?)というと足らん」というてから腹かくごたることを。それけんちいうてなら今度、無いですると、それをうらやましゅうしてから心に蜘蛛の糸を張るといったような人がありますよ。ね。
 だからね、そこんところをね、そこんところをまあ寂しゅう思いもさせず、ね、というて喜んでもらえるような生き方というのは中々難しいことだと思いますね。まあそれは別としましてね、それをこちらが受けた場合ですたい、受けた場合どちらてあってもそれをありがたく受けていけれるような生き方です。お徳を受ける人は。
 あちらがね、大体、まあ金銭で言うなら、ほんなことなら、千円くらい(?)とにです、たった百円くらいしかしちゃなかと。ね。本当にあちらも、まあ難儀な事じゃろうとその人のために祈ってやるような信心。ね。はああっちは千円でよかとに一万円もしちゃる。本当によっぽ都合がよかつのとうらやましいというのではなくてです、そのことを喜んで神様にお礼を申し上げていくような信心。そこんところにですね、もう、ただ、はっきり辛抱しておかげを受けていく人、いわゆる辛抱していく間にです、お徳を受けて行く人の違いがあります。ね。もうそのことその時の成り行きをですね、もう都度都度にぱっと本当に開けていくような売り方をしていくような生き方ですね。
 そこで、四神様はね、信心させて頂くものの心得・心掛けとしてこういう風に教えておられます。ね。「憎い可愛いいをとれ」と仰る。惜しい欲しい憎い可愛い、それにもう私はもう一つ、うらやましいというのをとらにゃいけんと思う。事毎にです、そういう例えば生き方、受け方ではお徳は受けられません。ね。憎い可愛い、可愛いというのは可愛らしいという。ね。目玉の中に入れたっちゃ痛くないといったような、馬鹿かわいがれるの事でしょうね。可愛い。ただ、可愛いと思う心が神心じゃと仰るその神心とは出来ないです。
 ね。可愛いというのはですね、かえって憎いと普通でなら思われるような場合でもはあかわいいものじゃと思えれるのが神心だと。憎たらしいごたると、いうような場合ですね、私の心の中にですね、ね、普通でなら、憎たらしいごたる中に可愛いものじゃと気の毒だとこう思うような心。あれじゃあおかげを受けられまいと祈ってやれるような心。そういう心を神心という、だから憎い可愛いという、例えば露骨なものですね、ね、だから憎いもなからなければその、可愛いもない。そういう、心がけにならせて頂く精進が必要です。 とりわけ信心させて頂くものは惜しい欲しいというものがあってはならん。そこに色々と工夫がいるのです。惜しいと思うときにはそれを打ち消していく私は勇気がいると。惜しいと思う時には尚更の事。その辺がここで言われます、限りなく美しくならせて頂こうというのであります。人間じゃから惜しいと思うこともあれば欲しいと思うこともある。そういう時にです、そういう心をいわばとっちめていこうという信心です。汚いなあ、自分、自分はどうしてこんなに汚い人間じゃろうかと惜しいと思うた時にはそういう心を本当に取りはろうていく、お詫びをして行く心が必要です。人間だから当たり前と言ったような事ではおかげだけ、それをとっちめていこうとする心が徳を受けていく心なん。
 そして、惜しいところか欲しいところかそれが出来る事が嬉しゅうして楽しいというような人なら必ずお徳を受けていきます。だからそれをね、私はその、それに取り組んでいく姿勢をまず作らにゃならんと思う。同時に、うらやましいです。貰いものが少なかったら腹が立つ、多かったっちゃうらやましがる。どっちいったっちゃおかげを受けられん心なんですよ。これではなるほど辛抱していきよるうちにおかげは受けられるけれども、なるほど、これでは徳が受けられんはずだと思います。
 ね。今日は特に私は一番最後の「辛抱していく間には徳が受けられる」と。ね。辛抱して行く間にはおかげが受けられる。これは事実私は随分知っておる。信心が長年続いておればなんとはなしにおかげを頂いておるです。けれども、惜しい欲しい憎い可愛いといったようなそのままでいっておるわけなんです。それじゃただおかげだけ。けれどもなら、その憎い、惜しい欲しい憎い可愛いうらやましいといったような心で本気で私共の心からけらしていく。取り除いていく。そしてそのことがですね、本当に信心させて頂いておるおかげとね、本当、以前の私なら憎いと思うじゃろうけれども、憎いところか、むしろそこに神心が起こってくる、かわいいものじゃと思うことが出来るというような心がね育っていく楽しみ。そういう信心に精進させて頂くことがね私は徳を受けて行くことだとこう思う。せっかく同じところを通らせて頂くならばね、せっかく、いわゆる難しいもの、難しいところを教祖が仰っておられますようにね。
 それは下から上へ水を流すほど難しいもの。私共の人生てそんなもんなんですから、せっかくその、人生を辿らせて頂くならね、おかげの頂けれる生き方ではなくてお徳の受けられる生き方。そのお徳におかげが伴うてくる私は信心。そういう信心を一つ身に付けていかにゃいけません。これはちょっと難しいと思うてもそれに取り組んでいかなければなりません。難しいことに出会うこと、実を言うたら、琴のさっきの子供達のことを申しましたがね、難局に取り組んだおかげでです、今まで味わいを出せなかった味わいを出せれるようなおかげを頂くのですから、難局だから難しいからというて悲観したり、それをしぶったりしてはいけない。むしろ元気な心で取り組んでいかなければいけん。昨日の光橋先生ところのお花のことで申しましたようにね、ままになる花。て。白いほど、あれはままになる花と私はいつも申します。白い花がいっぱい。それに、三本のありですかね、私それをあやめと見立てた。ね。その三本、ははあ、初代光橋先生の願いがこのようにして成就していっておるなあと感じて下がってまた、上さえあがった時にはその根元にまた、赤い、なでしこの花が三本さしてあった。これは、私が初めから見損なうたとのか、赤いものがなからなけんでという後からさしたのか知らんけれどもです、まあ、あれがこれからの光橋先生の信心だろうと、いわば、けなげな女性の事を大和撫子と言ったようなことを申しましたように、しかも真っ赤な熱情をもってです、今度御本部へ登られるわけなんですけれども、その元気な心でどういう事に取り組むかというとです、今までは何とはなしにおかげにしてきただけではない、今度はどのような場合であってもどっこいと徳を受けていけれる生き方で進まなければならんぞという神様がそういう暗示を示しておって下さったのだと言う風に私は感じました。ね。
 私共はこれからの、あり方の中にどうぞ辛抱して行くうちに何とはなしに道が開けておかげを受けたではなくて、辛抱していくうちは徳が受けられると仰るような、受け方をもってしていかなければならない。それを具体的な例を持って申しましたら、惜しい欲しい憎い可愛い、ね、またはそれにうらやましいという事を付け加えましたが、ね、人が立派な着物を着ておったら、自分の心が怪しい蜘蛛の糸でうたう事であってはね、つまらん話ですよ。先日の話ではないですけれども、あの人はいつきてっちゃこっぱげたごたる着物着てござると言うてから、人とから笑われなさった事を、また聞きした時にです、もう、心の底から声が出るほど笑うて帰ってきたと言われるような心なのです。
 徳を受けて行くという事は。情けないことをしておる、私が貧乏しておるから、漬け込まれてから本当にこれだけは忘れられんと言う風なね、そういう受け方ではね、それはおかげは辛抱して頂くかもしれんけれども、そういう馬鹿にされるような時でも心のそこから、声をあげて笑えるような心なんです。ね。そこでただ、辛抱してから私が貧乏しよるときにあの人はこげな事をいわしゃった。これだけは私は一生忘れんよち言うごたることではねおかげを受けても絶対徳にはならんです。そういうところを本気で取り組んでいきたいと思うですね。
                                     どうぞ

                               入力者  松本正宏